瑞穂町の風景 ~公園編その21と・・・~

投稿日時:2018/01/05(金) 07:17

 今日ご紹介するのは「シクラメンスポーツ公園」です。
 
案内板も気合が入っています
 わたくしの持っている資料から住所を辿っていくと「瑞穂町交通公園」となっています。以前は交通公園として存在していたのかと、古い住宅地図を確認すると「長岡いこいの広場」瑞穂町のホームページを確認すると、平成25年に開催された東京国体のソフトボール会場として長岡いこいの広場を整備する云々とありました。シクラメンスポーツ公園の前は長岡いこいの広場だったようです。交通公園はぞの前か、或いは別称なのでしょうか。
 
奥には野球(ソフトボール)グラウンド。手前は、広場にはなっています
 公園といっても遊具などはありません。手前の広場も駐車場になっているような・・・と、ここでも見つけてしまいました。
 
公園前に設置された標示板。他と比べるとちょっとやっつけ的な・・・
 そうです。街道とはなっていませんが、「道」の標示板。分かりにくいですが「勘次郎道」となっています。案内板によると、江戸時代八代将軍徳川吉宗(暴れん坊将軍ですよ!!)により、幕府の財政を立て直すため年貢を増やす事を目的とした新田開発の奨励が出されたそうです。往時、この長岡長谷部地区は人家がなく一面ススキ野原。新田開発奨励を受けて、入間郡扇町谷村の長谷部吉左衛門は幕府にこの地での新田開発を願い出ました。幕府から認可されると吉左衛門は弟の勘次郎に新田開発を任せたそうです。勘次郎道は現入間市二本木地区の地蔵堂から、シクラメンスポーツ公園の前を通り瑞穂第二中の脇へ通じる道の事。勘次郎が扇町谷村にある吉左衛門宅とこの地を往復した道だと言われています。長岡長谷部の長谷部は吉左衛門・勘次郎兄弟の姓からきているようです。暴れん坊将軍は享保の改革などで幕府改革を進め、幕府の財施をも立て直した名君ですね。それが、この勘次郎道にも繋がっています。歴史を感じますね。
 
瑞穂二中方面
入間方面













 入間方面へ進んでみましょう。
 
何やらステージのような
 
木が突き抜けてますよ













 さらに進むと・・・
 
柵で行き止まり。T字路となっています
 勘次郎はどこを通っていたのでしょう。左へ行くとけんちの苑みずほの方向。右は国道16号方面。柵の向こうにも踏み跡があるのかもしれませんし、左右どちらかの道を行くと途中でまた新しい道が出て来るのかもしれません。時間のある方は是非散歩がてら歩いてみて下さい。平日のスポーツ公園周辺はトラックが多く出入りしていますので十分お気を付け下さい。
 


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